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最高裁判所第二小法廷 昭和25年(れ)1606号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人岡田実五郎の上告趣意第一点について。

訴訟法は訴訟手続に関する法規であって犯罪行為に適用すべき実体法規でないから訴訟法上の行為たる上告の理由についても上告手続を為すべき時に着目して規定を設けるのが当然であって犯罪行為時の如何により区別を設けねばならぬ理由のないことは当裁判所大法廷の判例(昭和二三年(れ)第一二二一号同二四年三月二三日大法廷判決)とするところである。而して刑訴応急措置法一二条二項には旧刑訴三四三条の規定は之を適用しない旨を規定し同法附則三項は「第一二条の規定はこの法律施行前に既にその証拠調が終っている書類についてはその審級に限りこれを適用しない」と規定しているのであるが右は証拠法に関する改正で訴訟手続に関するものであるからその手続を為すべき時に着目して規定を設けたもので犯罪行為が右改正前に行われたものであっても改正後の訴訟手続においては旧刑訴三四三条の規定はその適用なく右改正法規の適用を見るべきことは極めて明らかである。論旨は右改正前の犯罪行為に対しては被告人は旧刑訴三四三条によって司法警察官や検事の聴取書が証拠能力を有せしめられない既得権を持っているのでその既得権は憲法三一条三九条の精神解釈上当然保障されなければならないのであるから右改正法は改正前に発生した事犯につき遡及効を認めようとする限度において憲法違反で無効であると主張する。しかし被告人が訴訟手続について所論の如き既得権を有するものでないこと、従ってまたその既得権を前提とする所論憲法違反の主張の理由のないことは前示大法廷判決の趣旨からみて明かなところである。そもそも刑訴応急措置法が右のような改正をした理由は憲法三七条二項の「刑事被告人はすべての証人に対して審問する機会を十分に与えられ」る旨の規定に基くのであって即ち公判における直接審理主義を徹底させるために旧刑訴におけるが如き訊問調書と聴取書との間に存する証拠能力上の区別を廃止し供述録取書については被告人の請求があるときはその供述者を公判期日に訊問する機会を被告人に与えなければこれを証拠とすることができないとしたのである(刑訴応急措置法一二条)。従ってこの改正は基本的人権を保障する憲法の趣旨に適合するものであって毫も事後立法禁止の原則に反するものということはできない。聴取書が右改正により証拠能力を有することになった点だけから基本的人権を保障する憲法の条項と相容れないというのは盾の一面をみた議論で到底採用できないのである。然らば原判決が判示(一)の事実を認定する証拠として青木盛に対する副検事の聴取書を挙示していることは何等の違法なく論旨は理由がない。

同第二点について。

記録を調べてみると所論の書類の作成者がいずれも桧垣務であること、原審において弁護人鶴崎善八が右桧垣務の証人訊問を申請したところ一旦許可されたがその後その許可が取消され被告人に右桧垣務を訊問する機会を与えなかったことは所論のとおりである。しかし右証人訊問の申請については昭和二四年一〇月二四日附をもって鶴崎弁護人から同証人の重症を理由として之を抛棄する旨の書面が提出されているのである(記録三三三丁)。然らば原審が申請者において抛棄した証人につき被告人に直接訊問の機会を与えなかったとしても所論の如き違法があるとはいえない。論旨は採用できない。

同第三点について。

記録を精査すると原判示(四)及び(六)にいわゆる「農地問題」が所論の如き耕作地の交換問題であることがわかるのである。論旨は右の如き耕作地の交換の斡旋は市町村農地委員会の権限に属しないと主張する。そこでまず市町村農地委員会の法令上の職務権限について調べてみると本件犯行当時における農地調整法一五条二項には「市町村農地委員会ハ地方長官ノ監督ニ属シ左ニ掲グル事項ヲ処理ス、一、本法ソノ他ノ法律ニ依リ其ノ権限ニ属セシメタル事項、二、其ノ他農地関係ノ調整ニ関シ勅令ヲ以テ定ムル事項」と規定し農地調整法施行令第一四条には「農地調整法第一五条第二項第二号ノ規定ニ依リ同号ノ事項ヲ定ムルコト左ノ如シ、一、小作関係、相隣関係其ノ他農地ノ利用関係ニ関スル斡旋及争議ノ防止、二、農地ノ交換分合ノ斡旋其ノ他農地事情ノ改善ニ関スル事項」(三、四、五、省略)と規定している。従って本件の如き耕作地の交換の斡旋はたとえ農地の所有者が同一人であったとしても右農地調整法一五条二項二号同法施行令一四条一号により市町村農地委員会の職務権限に属するものと認むべきである。論旨は自作農創設臨時措置法二三条乃至二五条に規定する農地等の交換に関する農地委員会の職務権限には本件の如き交換の斡旋は含まれないと主張する。なるほど右規定による農地委員会の権限には本件の如き斡旋を含まないことは所論のとおりであるが右規定による農地委員会の職務権限は農地調整法一五条二項一号にいわゆる「ソノ他ノ法律ニ依リ其ノ権限ニ属セシメタル事項」にあたるのであって本件の如き耕作地の交換の斡旋が同法一五条二項二号同法施行令一四条により市町村農地委員会の権限に属すると解することを妨げるものではない。然らば本件耕作地の交換の斡旋が市町村農地委員会の職務権限に属しないとする所論は採用することはできない。而して被告人が本件耕作地の交換の斡旋をしたことは個人たる資格で関係したのではなく農地委員の資格においてその権限の行使として関係したものであることは原判決挙示の証拠からも肯認できるものであるから原判決が本件農地問題に対する報酬として供与せられるものであることの情を知り乍ら被告人が判示金員を受取った事実をもってその職務に関し賄賂を収受したものであると判断したのは正当であって論旨は理由がない。

同第四点について。

しかし原判決挙示の証拠によれば原判示の事実を認定できるのである。被告人が所論の如き覚書を作成し紙包や封筒を保管していた事実があってもそれだけで直ちに収賄の意思がなかったものと認めなければならないものではない。要するに所論は結局原審の専権に属する証拠の取捨判断及び事実の認定を非難するに帰するから上告適法の理由にならない。

同第五点について。

しかし原判決挙示の証拠によって村重喜一に関する原判示の犯罪事実を認定することができるのである。所論は原審で無罪となった森田貞一及び広本一由の証拠関係を援用して前示事実認定の不法を攻撃するのであるが原審認定の事実と右無罪となった事実とは全然別個の証拠関係にある別個の事実であるから、一をもって他を律することはできない。所論は結局原審の専権に属する証拠の取捨判断及び事実の認定を争うに帰し上告適法の理由にならない。

弁護人鶴崎善八の上告趣意第一点について。

所論証人桧垣務については、岡田弁護人の上告趣意第二点において説明したとおり、申請者たる原審弁護人鶴崎善八において、同証人に対する訊問申請を抛棄する旨の書面を提出しているばかりでなく(記録三三三丁)、所論は結局事実審たる原審の自由裁量に委ねられている証拠調の範囲限度の裁定を非難するに帰し適法な上告理由とならない。

同第二点について。

しかし所論は結局被告人にとって不利益なる主張に帰するから適法な上告理由にはならない。

同第三点について。

しかし原判決挙示の証拠によれば原判示の事実を認定できるのであるから所論は原審の事実認定を攻撃するに帰し適法な上告理由にならない。

同第四点について。

論旨の理由のないことは弁護人岡田実五郎の上告趣意第三点に対する説明のとおりである。

同第五点について。

しかし所論証人村重喜一の供述中現金五百円を被告人に贈った事実に関する部分と之れを贈った趣旨に関する部分とは必ずしも不可分のものではないから前者のみを証拠としても何等の違法はない。また記録を精査しても所論被告人の供述が任意性に欠けるものとは認められないから論旨は採用できない。

被告人の上告趣意について。

論旨第一段の要旨は(イ)原審公判調書の記載には数多の誤記、脱漏があり殊に証拠手続については被告人意見弁解の有無等は問われていないからこの点に関する記載は事実に反する、(ロ)原審における証人岡本幸の供述は真実に反する、(ハ)証人桧垣務の取調を請求するというにあるが公判調書には被告人、証人等の供述を逐語的に細大漏さず記載することを要するものではないし、また原審公判調書に所論の如き誤記脱漏があることはこれを認めることはできない、そして公判期日における訴訟手続は公判調書のみにより之を証明すべく他の立証を許されない(旧刑訴六四条)。従って証拠調手続に関する所論の主張は採用できない。又所論証人岡本幸の供述は原判決において証拠としていないものであり法律審たる当審においては証人申請は許されないから論旨は理由がない。

論旨第二段は結局被告人において本件金銭を取得する意思がなかった旨主張するに帰するから原判決の事実認定を非難するものであって適法な上告理由にならない。

論旨第三段は被告人が農地委員となるに至った事情、農地委員としての活動状況及びその当時の心境等を記述する外平中務、兼田信介との関係及び同人等の供述や建白書等(原判決はこれを証拠としていない)の措信すべからざる所以を記述するに止まり原判決の法令違反を主張するものではないから適法な上告理由とならない。

論旨第四段は被告人が農地委員として不正をしたと云う平中務、坂原貞助の供述(原判決はこれを証拠としていない)の不当なる所以を記述するとともに収賄の意思を否認し家庭の事情現在の心境等を記述するに止まるものであるから適法な上告理由にならない。

論旨第五段は量刑不当の主張であるから適法な上告理由にならない。

よって刑訴施行法二条旧刑訴四四六条により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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